湿板写真は1851年、イギリスの彫刻家Frederick Scott Archerによって発明された写真術です。
ダゲレオタイプより安価に高い感度を得られ、ネガから何枚でも複製を作ることが出来たため瞬く間に普及し、誕生から30年の間、当時の写真の主流を占めてきました。
また、日本に伝来し普及した最初の写真技法でもあります。
坂本龍馬を初めとする江戸~幕末~明治にかけての多くの肖像写真が湿板写真技法によって撮られてきました。
その画質は1mm辺り150~200mm線の解像力とも言われ、後の一般的な乾板やフィルムよりも細密であり、感光した銀の高い耐食性によって長期保存が可能であることが知られています。
湿板写真はその名の通り、硝酸銀によって濡れたコロジオンの感光板が乾燥する前に撮影を行い、硫酸第一鉄と酢酸を主成分とする現像液により速やかに現像する必要があります。
そのため写真館以外で撮影を行う場合には、移動暗室を抱えていく必要があり、これは大掛かり且つ大変非効率的なものでした。
また撮影のための作業は熟練を要し、一枚の撮影の下準備にも大きな手間がかかります。
そのため、湿板の発明以降、持ち運び可能なコロジオン乾板の研究などが進められましたが、1871年にゼラチン乾板が誕生すると、その普及に伴い、湿板写真は時代から忘れ去られることとなります。
その後は製版など、特殊用途でのみ湿板写真技法は取り扱われ、コロジオン乾板などの関連技術もリップマン法天然色写真の下地など、一部技法に用いられるに留まりました。
しかし1990年代以降になって湿板写真は再評価されるようになります。
主に知られるところでは1995年にNYのGeorge Eastman Houseで行われたワークショップにて、現在湿板写真の第一人者として知られるMark Osterman氏によりAlternative Photographyの一技法として紹介され、また、その内容を基にした書籍などを通し広く認知されるようになりました。
2000年代に入ってからは、デジタルカメラの普及に対する一種のカウンターカルチャーとして、海外を中心に年々大きな盛り上がりを見せ始め、2013年以降には日本国内でも徐々に湿板写真を用いた展示等が行われるようになりました。
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